関連リンク映像コンテンツと競争法(講演録) その講演録から気になる部分を引用させて戴くと
日本のコンテンツ関連業界の人たちは――ここにもいらっしゃると思うのですが――競争という感覚をほとんど喪失していると、私は思っています。この人たちは、コンテンツが著作権保護を受けているために本質的に独占権であり、自分たちが競争とは無縁の世界に住んでいると思っていた――それがいまはじめてインターネットから強烈な競争を仕掛けられているというふうに、私は見ています。いや、ホントはこの講演録はとても重要なので、全文引用したい所ですが、そうは行かないので是非講演録を見て欲しいと思います。
いまの日本の著作権法はアンチ・インターネットで凝り固まっています。
市場原理主義者の私からみると、集中管理団体による価格決定メカニズムが、長年の独占のおかげで、市場感覚が欠落したままになっていることに気づきます。たとえば、JASRACでは、音楽のインターネット配信の著作権料(ダウンロード)が売上げの7.7%または7.7円のいずれか多いほうと決まっていますが、このあとのほうの7.7円という固定額が問題です。いまの1曲100円が50円に下がると、料率は15.4%になります。もし10円まで下がると、料率は77%になります。この決め方は100円をボトム・プライスとしてそれ以下への価格競争を罰していることになり、価格固定効果があります。これが法律違反かどうかというような問題以前に、一般に、値下げすると売上数量が増えるので、著作権者の減収にはならない――もしかすると増収になるかもしれない――ためしてみよう――これが市場原理です――という感覚が欠落しているように、私にはみえます。はじめに申し上げたように、このような精神構造こそが、現在のコンテンツ業界の最大の問題点だと、私は思っています。
業界団体はみずからの存在理由を確保するために、doomsday sayerを演じる宿命にある(私的録音録画補償金の20%など予算はたっぷりある)。彼らの破滅予言はまったく当たらなかったのだが、あとになってそれを責める人はいない。こういうと、彼らは、「ではお前はコンテンツ泥棒の味方なのか」と開き直る。私は違法コピーを弁護する気はないし、DRMもある程度までは必要だと思っている。だが、「ある程度」まででいい。アップルのi-Pod/i-Tunesの成功を見ても分かるとおり、大多数の人は順法精神を持っている。DRMは、少数の無法者を押さえ込むため、大多数のまともな市民に負担をかけているのだ。ある程度の違法コピーは、情報産業の「計算されたリスク」としてコスト化できるはずだ(現に中国で何百万の違法コピーが出ているマイクロソフトが、毎年好業績をあげているではないか)。ひとつの違法コピーも許さないDRMは、ヒステリーの産物にほかならない。
一方、趣味の問題2さんは日本の「著作権」が妨害してるあれこれで今回は書籍を主体に言及しています。こちらも必読かと思います。
関連リンク「デジタルコンテンツと競争政策に関する研究会」報告書について(pdfファイル)
ま、ちゃんと自分の意見も絡めて出してます。