さて、最近 文化庁は、古墳内部にはるか昔に描かれた国宝である貴重な壁画の保存に失敗してカビだらけにしてしまったらしい。それでそうした貴重な壁画を保存するという名目で、ただいまそれらの古墳を壊しているらしい。なんとも残念かつ気の毒な話である。え〜っと、正確には「失敗して」では無く「ほったらかしにして」が適当かと思います。デストロイヤー文化庁(C)ですから。
で、
この問題について専門的知識をもっている団体の皆さんや、文化庁が「20年間延長しないと困るよ」と言っているのだから、黙ってそれらの要求を受け入れることが、文化的国民としての日本国民の当然の態度なのである。こうした権威に対して疑問を抱いたり、反対したりするようなことは、「和をもっと尊し」とする日本の伝統に対する挑戦そのものなのである。と1ページ目だけ見ると「をひをひ」と思ってしまうのですが、2ページ目の「著作権保護期間延長の理由を検討する」で具体的に検証しています。気になる部分を引用させて戴くと
EU諸国は、著作権の保護期間を生存期間+70年としている。単純に考えれば「よそが伸ばすなら、うちもうちも!」という論理が考えられるが、知的創作を行うような知的水準の高い人々の団体の主張の根拠がそんなに単純なものとは考え難い。というのは、その20年間の延長が「知的財産戦略」の一環として行われるものであることを示しているからだ。何らかの経済学的分析に基づいた、日本の国益に結合する合理的な戦略的思考の結果として20年間という数字が導かれているのだろうと推測する。ところが、私の手に入る範囲では、20年間の保護期間の延長によって、わが国にどのような利益があるのかを提示している資料は見つけられなかった。と言う感じで筆者のシニカルさも絡ませて文章は進んで行きます。そして、
...うーん。説得力ない... やっぱり無理だ。すくなくとも延長を要望している主体から提示されている理由付けでは、さらなる20年の延長を正当化する根拠が弱すぎる。そこで、やっぱりタイトルを変更しよう。と言う事でやっぱり著作権保護期間延長を批判すると言う3ページ目に続きます。これ見た時は「あ、やられたな」と言う感じで一気に読ませる感じでした。気になる部分を引用させて戴くと
簡単にいえば、「おいおい、いくらなんでも、著作者の生存期間+70年とか公表後95年の保護、しかもその期間を次々と延ばせるのでは、ほとんど永久に保護されるのと変わらないことになってしまうじゃないか」 という批判である。
というわけで、この問題は、権威の争いとなるわけだ。「著作権は所有権と同じものである」という主張がある。この主張は、かなり一般的に承認されているように思われるし、実際「権威ある」とされている論者もまた、こうした立場をとる人が多数だ。もちろん、さらに20年間の保護延長を要求している人たちも、この立場をとっていると思われる。彼らの主張の根拠は、「偉い人もそう言っているし、みんなもそう言っている」という一点にかかっている。と言う余りにも情けない根拠な訳です。
これが来年の課題になります。「ざけんなよ」と思われる方は謎工さんが既に動き出しているので要注目です。
関連リンク謎工さん経由そして、また、今年も日米年次改革要望書が取り交わされた
1年ぶりに知財系BLOG運営者会議を開きます


